見ただけで腹が立つ。声が聞こえるだけで破壊衝動が沸き立つ。そこにいるとわかるだけで背中辺りに何かが這い上がる。
俺の怒りとかそういう激しい感情ばかりをあいつは引き出してくる。
「ノミ蟲、テメエがいるから俺は平和に暮らせねぇ。」
「なんだい藪から棒に。今更君の名字を体現しようってのかい。ハハハ、無駄無駄無駄。君は化物だから俺がいようがいまいが平和な日常なんて存在しないんだよ、シズちゃん。」
耳障りだ。全身が怒りで熱くなるのを感じる。それを察したのか、目の前でナイフを構えていた男は急に身を翻した。逃げるのではなく、俺の方へ。
「嫌だよ、シズちゃん。」
至近距離で発せられた声に笑いは混ざっていなかった。俯いたまま言葉は続く。
「君だけが日常に戻るなんて、」
俺はいつまでもひとりなのに、とは言わなかった。
こいつの声が聞こえているのに腹が立たないのは久々だな。頭の片隅でそんなことを考えると、背中の辺りから何やら這い上がるものがある。何だ、いつもとは違う。
そこまでの考えが繋がるよりも俺の脊髄が運動を指示する方が早かった。無意識の内に右手が伸びて、目の前の形の良い頭を掴んだ。ようやく脳が働きだして、俺は無意識の怖さを思い知った。触れた髪が予想外に心地よくて、再び脳の働きが落ちそうになったとき、掴んだままの頭が動いた。
「何だよシズちゃん触んな。痛いよ。」
いつもの憎たらしさが感じられない気がするのは、頭が働いていないからだ。たぶんどっちも。
「痛くはねぇだろ。力ほとんど入れてねぇし。」
「痛いものは痛いんだよ!痛い痛い、」
先に続く言葉を聞きたくなくて俺はもう一方の手を臨也の頬に添えた。無意識に伸びたその手についての説明をするには、俺には言葉が足りない。
両手で頬を挟みこんでただじっと目を見る。僅かに歪んだ目に俺の顔が写りこんでいる。背中の辺りの何かに耐えきれなくなって、俺は無意識に目の前の頭を抱き込んだ。
「痛いよ、シズちゃん。痛い。」
「嫌だ、」
「俺の台詞だよ、それは。」
「お前には俺がいればいいだろ。勝手に1人になんじゃねぇ。」
至って無意識だ。その言葉を脳が本当に理解したとき、今までにない激しい感情が心臓を強く打った。
いたたまれなくなって更に強く頭を抱き込むと、痛いと呟きながらも背中に手が添えられて、どうしようもなく体が熱くなった。背中に回った手を感じて、俺は心臓を打つものが何かをようやく理解した。