『帝人たちには色々とお世話になってるから』とセルティさんに鍋に誘われた。大勢でまた鍋パーティーをするらしい。この間は楽しかったなぁと思いながら、僕は躊躇なく行くことを告げた。
園原さんと正臣も誘ってみたが、生憎その日は都合が悪いらしい。僕は差し入れの入ったビニール袋を持って、1人でセルティさんのマンションのエレベーターに乗り込んだ。
「やあ帝人くんじゃないか。奇遇だねぇ。」
扉が閉まる寸前に、僕よりも大きな袋を2つも持った臨也さんが乗り込んできた。臨也さんは僕の持っている袋をちらりと見て、君も誘われたんだ、と心底楽しそうに言った。
「珍しいですね、臨也さんが誘ってもらえるなんて。」
「ひどいなぁ、まるで俺に友達がいないみたいに。」
いつもより邪気の抜けた笑い方をしている。実はたまにこうやって新羅の所で同窓会をするんだ、とくすぐったそうに言う姿は本当にただの好青年だった。ずっとこうしてればこの人だって誰かに愛されるんだろうな。不意に扉が開き臨也さんが降りていくのを見てから、僕は瞬時にさっきの恐ろしい考えを打ち消すことにした。
「俺に食材を買ってこさせるなんて上等じゃないか、新羅。」
「酒を頼まなかっただけましだろう?それに食材係は当番制って決めたのは臨也じゃないか。」
部屋に入って即座に文句を言い始める臨也さんを避けるようにして奥に上がると、そこには狩沢さんたちがいた。
「わー帝人くんも来たんだ。あ、イザイザもいる!」
イザイザ細い!なんて叫びながら臨也さんに飛びかかっていけるのは狩沢さんぐらいのものだと思う。突然襲われた臨也さんはあえなくバランスを崩した。
「帝人くんヘルプ!剥かれる!」
僕にふらないでほしい。でもちょっと見た…くない。落ち着こう。自分の感情に盛大に取り乱す。エレベーターで毒気を吸いすぎたかも。
「その辺にしておけよ」
急に後ろから掛けられた声に焦る。まさか思考を読まれ…いや、ないない。
振り向くと、門田さんがあきれたようにこちらを見ていた。
「狩沢、いくら見た目が良くてもそれは臨也だぞ。」
自分に言われた訳でもないのに身に染みる。狩沢さんの動きが止まったのをいいことに臨也さんはどうにか這い出したようだ。
「それひどくない?俺、眉目秀麗設定なんだけど?」
「ああ悪い。性格のせいで忘れてた。」
「ひっどぉーい。」
門田さんに抱きつきながらそう話す臨也さんを見て、狩沢さんの鼻息が荒くなっているのは言うまでもない。
廊下を誰かが歩いてくる音がする。
「あ、」
静雄さんだ。静雄さんは未だに抱きつかれたままの門田さんの後ろに立ってじっと何かを睨んでいる。まぁ、いうまでもなく臨也さんを。
「臨也、てめえ遊んでねぇで手伝え」
「だってドタチンが遊んで欲しいって」
「言ってないぞ。」
「言わなくても俺にはわかるよ、ドタチン。だって俺、ドタチンのこと…」
「うぜぇぇ!さっさと働きやがれ!」
「ヤバイ、シズちゃんが嫉妬してる。どうするのドタチン!」
「どうしようもねぇよ。」
「ねぇ、ゆまっち!ここは2次元なんでしょ?2次元とかいてユートピア!やっとたどり着いたのね私たち!」
「狩沢さん落ち着いて!ここはまだ平面世界じゃないっす!」
ギャーギャーと言い争う大人げない大人たちの隣で狩沢さんは黄色い悲鳴を挙げる。阿鼻叫喚とはこのことじゃないだろうか。喧嘩が始まることを予想して部屋の奥へと退避していたがその必要はないようだ。僕は騒がしい部屋を抜けて何か手伝えることを探すことにした。
飲み物と鍋を持って僕と新羅さんが部屋に戻ったとき、まだ言い争いは続いていた。ああ、こんな大人にはなりたくないなぁ。
「ほら、鍋できたから座って。てか臨也結局何も手伝わなかったね。」
「それはシズちゃんもだろ。あ、そうかシズちゃんは馬鹿力のせいで手伝う所か邪魔になるだけだよね。ごっめーん!」
血管が切れる音が聞こえた。
「そうかそんなに俺に殺されてぇのか、いぃざぁやぁくんよぉ!」
静雄さんが怒号を上げて臨也さんに向かっていく。臨也さんも楽しげに身構えナイフを向ける。しかし二人が交錯し部屋が崩壊する、ということはなく二人は後ろから伸びてきた黒い影に絡めとられた。
「さすがセルティ!僕らの愛の巣を壊される訳にはいかないよね!」
『はははずかしいこと言うな!鍋持ってなかったら殴ってるぞ!そうだ、鍋だ早く食べないと冷めるぞ!』
「そんな照れ屋さんなところも素敵だよ。そうだね、僕らの愛の結晶たる鍋を食べ…させたくない!セルティの愛は僕だけのもぐべらァッ!」
鍋を置いた後の新羅さんにセルティさんは容赦しなかった。
「おい臨也、椎茸残すな。静雄も肉ばっかり食うなよ。」
お母さん…。思わずそう呟いてしまいそうになった。甲斐甲斐しく世話を焼く門田さんに逆らうこともなく、いつもは仲の悪い二人が大人しく並んで鍋をつついている。
「いやぁ、なんか微笑ましいね、二人とも。」
いつもそうだったらいいのに、と新羅さんは日本酒をあおりながら言った。結構度数の高いやつらしいが、まるで水を飲むかのようにコップを空けている。意外にザルらしい。
それにしても食べてるときには臨也さんも大人しいんだなぁ。
「はいシズちゃん、水。」
「ん、悪い。」
食べてるときは仲良くなるのか。同じ釜の飯ってこういうことなのか、
「臨也ァ!これ酒じゃねぇか!」
「そういえば君酒弱いんだっけ?ぷっ、そんなナリして酒弱いなんてギャグじゃん!」
「殺す殺す殺す!くっそてめえも飲みやがれ!」
「あっ止めろよ!俺、日本酒は無理だって!」
じたばたと抵抗する臨也さんに馬乗りになって静雄さんはコップから酒を飲ませようとしている。
「ちょっと止めてよ。床が汚れる!ここは僕らの家なんだからね!」
「大丈夫だ。」
「なにがだよ!」
静雄さん、顔赤い?まさかコップ半分も飲んでないのに酔った?まさか。
「うわ、静雄もう酔ってる。相変わらずよええなぁ。」
えええ、マジですか。
「ていうか門田さんいいんですか。あのままじゃ臨也さん殺されちゃいますよ。」
「大丈夫だ。あいつらはじゃれてるだけだから。」
じゃれてるだけにしてはアグレッシブ過ぎやしないか。
静雄さんの右手が臨也さんの頭をがっちり捕らえた。もう逃げる術はないと悟ったのか、臨也さんは抵抗を止めたようだった。そのまま頭を持ち上げた瞬間、ピタリと静雄さんの動きが止まった。
「なんかおかしくねぇか。」
「まぁ、この状況はおかしいよね。」
「ちげえ。てめえ、なんか顔色悪くねぇか。」
一瞬、空気が止まったのがわかった。今まで騒いでいた狩沢さんでさえも呆気にとられている。ふと思い出したように新羅さんが立ち上がった。
「私はベッドの準備をしてくるよ。門田君、臨也から色々聞き出しといて。」
新羅さんの目が怖かった。門田さんの方を見ると、同じくらい恐い顔をしていた。
静雄さんは未だ固まったままだった臨也さんをソファにちゃんと座らせた。そこに至って臨也さんはようやく正気をとりもどしたようだ。
「何いってんだよシズちゃん。俺メチャクチャ元気だし。食欲もあるし8時間以上寝たし。てか何?君俺のこと心配してんの。ありえない。」
「臨也、茶化すな。」
門田さんが怒るなんて初めて見たかもしれない。臨也さんは居心地悪そうに俯いた。不意に静雄さんの指が臨也さんの目元をなぞった。
「へ、あ、なに?」
何度かなぞると隈が浮き上がった。どうやら化粧品か何かで隠していたようだ。
「何日寝てねえんだ。」
静雄さんの問いにも目を逸らしたまま答えようとしない。静雄さんが無理やり頭を掴んで目を合わせると、いつもより弱い目がそこにあった。
「臨也。」
低く静雄さんが呼び掛けると赤い光彩が揺らいだ。
「だから、嫌いだよ。シズちゃんなんか。」
そう言って臨也さんは黙り込んでしまった。いつもからは想像も出来ないほど大人しい。本当に体調が悪いらしい。
「で、何日寝てないんだ。」
臨也さんは門田さんの問いに小さく5日ぐらい、と答えた後言い訳がましくでも昨日はちょっと寝たよ、と付け加えた。
呆れたように肩を落としながらも門田さんは昨日は何食べた、とか気持ち悪くないかだとか間髪入れずに聞いていく。手のかかる子供を持ったお母さんみたいだな。そんなことを考えながら、ふと静雄さんを見るとやはり呆れたような表情をしていて、なんだか意外だった。
「体調悪いんなら無理して来んじゃねえよ。」
一通り二人の問答が終わってから静雄さんが呟いた。うん、ごめん、と消え入りそうな声が聞こえ、誰もが驚き黙り込む。あの人にも罪悪感なんてものがあったのか。俯く黒幕体質の男を見つめながら僕は思った。
突然静雄さんの手が男の髪をわしわしとかき混ぜた。
「しっかりしやがれ。」
(周りにとっては)衝撃的な言葉を投げ掛けると、臨也さんは痛いよ、と少し笑った。
きっと酔っているんだ、二人とも。僕の金縛り状態は新羅さんが戻ってくるまで治らなかった。
「でも何で体調悪いってあんなすぐに分かったんすかねぇ、静雄さんは。」
静雄さんに支えられながら部屋を出ていった臨也さんを見送ってから、遊馬崎さんは首を傾げた。
「そんなの決まってるじゃない。愛よ、愛の力よ!いつもは喧嘩ばかりだけど二人はお互いを誰よりも理解し合ってるの。究極のケンカップル!殴り愛、殺し愛!」
「狩沢さん落ち着いて!世界はまだ二次元化現象を迎えてないっす!」
どちらかが戻ってきたら死ぬな、狩沢さん。でもお互いのことを分かってるっていうのは正しいかもしれない。
「お、静雄。臨也は?」
「寝た。っていうか寝かせた。」
戻ってきた静雄さんはさっきよりは穏やかな顔をしていた。そしてそこにあったコップの中身を空にした。
「おい、静雄それさっきの酒、」
「あいつもずっとあんなんだったらいいのに。」
ツラはいいんだから、とさらにコップに酒を注ぎながらのその発言に狩沢さんの鼻息が荒くなったのは言うまでもない。
「私は嫌だなぁ。大人しい臨也なんて気持ち悪いよ。」
セルティさんの隣に戻った新羅さんは笑った。
「静雄だって張り合いがないだろう、あんなんじゃ。」
静雄さんは黙っている。それを見た門田さんも笑って、たまにはいいんじゃないか素直なのも。と楽しそうに言った。
「あの状態だったら悪いことも出来ないしな。」
それはいいね、と二人は更に笑う。臨也さんが見たら怒るかもしれない。
コトリとコップが置かれる。
「早く治ればいいのに。」
つまんねぇ、という静雄さんの言葉に二人は無言で目配せしてまた笑った。