右左右左右左、脳が指示するより早く脊髄のままに脚を動かせ。くるくると眼球を最大限まで回して次のルートを見つけたら、関節の悲鳴なんて聞こえないふりをして急カーブ。公園のフェンスをひょいと越えて、そのまままた駆け出す。
 「うおっ、と」
 咄嗟に屈んで後ろから飛んできたゴミ箱はクリアー。走りながら後ろを覗くと傷んだ金髪は飽きもせずにまだ追いかけてきている。
 「シーズちゃん、そろそろしつこいよー!」
 だからまだ童貞なんだよ、と周りに聴こえるように思いっきり叫ぶと道路標識が頬を掠めた。ダメージには至らないほどの細い切り傷ができた。ああ、最悪。これ絶対風呂入ったら滲みる。
 「俺の顔を狙うなんて、どうやら全国のファンの皆に殺されたいらしいね。」
 急ブレーキ、そんでクイックターン。懐に飛び込んでシズちゃんの一辺倒な攻撃をかわし、そのままの力で頬を切りつければ薄く血が滲んだ。近くにある顔が歪む。いい気味だ。
 「ホント無茶苦茶な体してるよね。頬の肉ぐらい削いでやろうと思ったのに。」
 「ってぇな、このやろう。ああ、くっそ風呂入ったら絶対滲みるじゃねぇか。どうしてくれんだ。」
 わぁ不快。こんな化け物と発想が同じなんて反吐が出る。
 前に新羅が言っていたことを思い出した。俺とこの化け物が似ているだって。馬鹿馬鹿しい。俺は平々凡々でどこまでも日常臭い人間たちと同じ世界に住んでいる。だけどこいつは俺たち人間が及びもつかないような世界で生きている。それこそ気が狂いそうな所で。
 「化け物。」
 片足でぴょんと飛んで距離をとる。
 「化け物。」
 もう一度呼び掛ければまた道路標識が飛んでくる。ああ可笑しい。
 「何シズちゃん。気にしてんの。」
 事実なのに。俺が笑うと、目の前の化け物は怒った。化け物らしい咆哮を合図に俺はまた駆け出した。笑い声はもう止まりそうになかった。