どれほど走っただろうか。いつもよりしつこいシズちゃんの追走をなんとか振り切り、俺はじめっぽい路地裏に座り込んだ。
 コートの裾が千切れている。あいつの投げてきた何かに引っ掛かったのだろう。
 「あーあ。」
 別にもったいないとは思わないが、あいつのせいでコートが駄目になるのが腹立たしい。未だに整わない呼吸も相まってさらに苛立つ。あいつは、あの化け物は息も乱さないのだろう。きっと疲れることさえない。別次元の生き物なのだ、あれは。
 初めは、面白そうな奴だと思った。からかいがいのありそうな単細胞。人間でありさえすれば俺はどんな奴でも愛せるし、それに態度次第ではどんな奴でも俺は操ることができると思っていた。単純な奴ならなおさら。
 例外がいるなんて思いもしなかったのだ。
 「なんでだろうなぁ。」
 なんであいつは化け物なのに人間らしく振る舞おうとするんだろう。人間に混ざって、無理矢理日常に入り込もうとするより一人でいるほうがよっぽど楽なのに。どれだけ頑張ったって日常になんて入れやしないのに。

 「諦めろよ。」

 顔を上げるとそこには話題の化け物が立っていた。夕日の柔らかな光があいつの背中から漏れている。顔は逆光で見えないが、きっと俺の嫌いな表情をしている。

 「化け物。」
 今度は化け物自身がそう言った。俺は何も言わずにじっとそちらを見つめた。路地裏はだんだんと暗がりに沈んでいく。
 「化け物。」
 もう日が暮れる。薄暗い路地裏であいつは俺を『化け物』と呼んだ。

 「君だけだよ、化け物は。」
 耐えきれなくなって俯いた。見下ろしてくる視線を感じる。
 「お前もだよ。」
 「俺は違う。」
 「お前と俺は同じだ。」
 日常には入れない。まるで自分に言い聞かせるように化け物は呟いた。
 「臨也、俺とお前の世界は同じだ」
 どれだけ俺が人間を愛そうとも、人間は俺を愛してはくれない。俺はひとりだ。ただひとりで生きていくしかないのに、

 「シズちゃん。君はひとりだ。」

 俺たちは化け物だけど、いつまでも人間であることを捨てられない。だから日常が恋しくてたまらないのだ。

 「化け物。」

 頬の細い傷が少し痛んだ。