血圧が低いわけではない。ただ起きるのが嫌なだけだ。朝が来るのが心底怖い。また一日が始まるのだと考えるだけで眠ることがどれだけ安らかなものか思い知る。

 目が覚めてもそのままじっとしている。カーテンから僅かに漏れる光が脱ぎ散らかされた衣服を照らす。
 喉が痛い。あぁ、と少し声を出すと余りに掠れていて明確な音にはならなかった。
 昨日は散々だった。家に帰ったらなぜかシズちゃんがいて、そのまま有無も言わせず押し倒された。
 寝返りを打つと右肩が痛んだ。そういえば昨日噛まれたんだった。血が滲むほど噛まれ、舐められたそこを見て俺はなんだか気恥ずかしくなった。

 隣には人がいた形跡はあるが、もう温もりはない。もぞもぞと布団の中で移動してそこまでたどり着く。煙草の匂いがした気がした。枕に顔を押し付けて嗅いでみるが、よくわからない。もしかすると俺自身に匂いが移ってるのかもしれないなぁ。寝惚けた頭はそんなむず痒いことをも受容した。

 枕に顔を埋めながら再び目を閉じるとほどなくゆるゆると睡魔に手を引かれた。空気全体が緩やかで時間さえも澱んでいるような錯覚に支配される。意識が落ちる寸前に煙草の匂いがした。

 「いい加減に起きろよ。」
 寝起きの若干低く掠れた声が鼓膜を揺らす。顔も上げずにいやだと呻くと笑われた。
 「ひっでぇ声。」
 誰のせいだ。怒りと恨みと本気の殺意を混ぜた視線をやるとわしわしと頭をかき混ぜられた。
 「悪かったって。しばらく会ってなかったから我慢出来なかったんだよ。」
 いつからシズちゃんはこんなにクサいことを言うようになったんだろう。ああ、そういえば天然タラシだったっけ。やだなぁこういうの。これが俺だけの物だって思うとなんだか堪らなくなる。

 枕に顔を押し付けて考えを読まれないようにしてみたが無駄だった。腕を引かれたと思ったら体が反転していて、そのまま自然な動作で額にキスされた。
 頭に血が上って一気に目が覚める。
 「朝飯、出来てるからな。」
 自分でも少し恥ずかしかったのか早口でそう告げるとシズちゃんはドアの方へと歩いていく。
 「あ、」
 口に出してから俺は体を起こす。ドアを開けかけたままの体勢でシズちゃんがこちらを見た。
 「シズちゃん。」
 俺だけを真っ直ぐ見詰める視線に恥ずかしくなって目を逸らす。しばらく迷った末に、意を決して声にだした。

 「おはよう。」

 初めて二人の間で交わされたその言葉は、多分このまま日常に沈んでいく。
 それがひどく不自然に思えて俺が笑うと、目の前の金髪も揺れた。