「1番、折原臨也。歌います!」
 マイクの代わりにデッキブラシを構えると、歓声の代わりに怒号が飛んだ。
 「「「働け!」」」

 三人分の怒号の次いでに飛んできたデッキブラシを避けると、次弾は容赦のない水攻めだった。ドタチンの持っているホースの水量はさっきと比べ物にならない位強い。視界の端に新羅の笑っている姿を捉えて余りのチームワークの良さに笑えてきた。しかし口を開いたとたんに水が飛び込んできて、笑い声はがぼぼとなんとも間抜けな音になった。

 ようやく水圧が緩くなって、俺がぜえぜえと肩で息をしているとシズちゃんが止めを刺しにやってきた。
 「ちょ、シズちゃ、ん、待って!」
 「待たねぇ。」
 「この状態で、シズちゃんと、喧嘩すると、死ぬ。」
 「死ね。出来るだけプールを汚さねぇように死ね。」
 「いやこのままだと、十中八九プール汚れるよね。だから今は、」
 「知るか、殺す!」
 「静雄、止めとけ。そうなるとプール掃除どころじゃなくなる。」

 冷静なドタチンの制止にシズちゃんは不満げではあるが素直に従った。
 「さすがドタチン。それだけのスキルがあればいつでも猛獣使いにジョブチェンジできるね。」
 「誰が猛獣だ、あ゛ぁ゛?」
 「あー、もう。臨也、一々静雄を刺激するな。静雄も反応すんな」
 呆れたように俺たちを諭してドタチンは掃除を再開した。

 「だってさ、ドタチン。今俺たちがこんなめんどくさいことしてんのはシズちゃんのせいだよ?」
 これが突っかからずにいられるか。シズちゃんが校内をあんまり壊して回るもんだから俺まで罰としてプール掃除させられることになるなんて。屈辱だ。
 「はぁ!?てめぇがチョロチョロ逃げるからだろうが。」
 「俺は正当防衛ですぅー。てか逃げなきゃ死ぬし。」
 「そもそもあれはてめぇが、」
 「はいはい、どっちも悪い。」
 「というか門田くんと僕を巻き込んだのは臨也だけどね。」
 僕らは関係ないのに、と暗にいっている。確かにその意見は正当だ。しかし俺は認めない。
 「友達だろ、いやむしろ親友だろ俺たち!」
 「君以上に友情という言葉の似合わない人間を僕は知らないよ。」
 失礼な。眉目秀麗の本気を嘗めるなよ。
 「というか友情とプール掃除に何の因果があるんだ。」
 「ドタチン知らないの?世界は犠牲の上に成り立ってるんだよ。」
 「それ自虐だってわかってるか?」
 「悪には悪のヒーローがいるんだよ!」
 「意味がわからん。」
 「黙って働きやがれ、ノミ蟲が!」

 本日2本目のデッキブラシが飛んでくる。いつもの要領で軽くかわそうとする。が、足が滑った。
 「あれ、」
 デッキブラシはかわせたが足元の悪さには勝てなかった。後の嘲笑と直後の衝撃に備えて目を瞑る。「臨也!」

 名前を呼ぶ声が聞こえた。しかしどこかをぶつけたような音は聞こえなかった。恐る恐る目を開けると、右腕をシズちゃんに左腕をドタチンに、そして背中を新羅に支えられていた。
 「おお…。」
 思わず感心した。まさか俺たちにこんなチームプレイができたとは。
 「「「…。」」」
 黙り込んでお互いを見る三人を見て堪えきれなくなって吹き出す。「仲いいなぁ、俺たち!」
 一度溢れ出して止まらなくなった笑いに酸欠になりながらも俺は叫んだ。シズちゃんは少し顔をしかめて、ドタチンは軽く溜め息を吐いて、新羅は呆気にとられながらも俺につられるように笑った。不安定でおかしな格好だったが、どこか俺たちの関係性を表している気もした。

 ひとしきり笑った後、名残惜しいが俺は自分で立つことにした。
 「臨也、足元気をつけ、」
 あ、と新羅の気の抜けた声に引かれるように俺はまた後ろに倒れた。俺の腕を掴んでいた二人とバランスを崩した新羅を必然的に伴って。

 「自分で言っといてこれはないよね。」
 結局、折り重なるように四人とも倒れた。一番下にいる新羅は苦しそうにごめんと謝った。圧力をかければ新羅はカエルが潰れたときのような声を上げる。その反応が面白くて更に乗り上げようとすると、いち早く立ち上がったシズちゃんに体を持ち上げられた。
 「軽っ。」
 「シズちゃんが馬鹿力なだけだろ」
 ちゃんと立て、と地面に降ろされる。ほとんど無意識に礼を言うと、シズちゃんは驚いていた。
 「お前にも感謝する気持ちがあったんだな。」
 俺をなんだと思っているんだ。
 ふげっ、と間抜けな声がして後ろを振り向いてみると、新羅がまた転んでいた。

 水を張ったプールに達成感を覚える。
 「お前は働いてねぇだろ。」
 シズちゃんの失礼な突っ込みにも怒れないくらい気分がいい。湿ったシャツの不快さも相殺されている。
 「あ、シズちゃん。あれ。」
 「んだよ。」
 「あれだよ、ほらプールの向こう」
 指差した方をシズちゃんはじっと見ている。ハハッ、この単細胞が!
 軽く助走をつけて綺麗にドロップキックをキめる。真っ直ぐだった姿勢が崩れ、
 「ハッ、この単細胞が!」
 足を掴まれた。投げられる。そう思った瞬間、反射的に俺はシズちゃんの腕にしがみついた。
 どぼんと水柱を上げてもろとも落ちていく。くっそ、屈辱的。
 しがみついていた腕を離し、シズちゃんを蹴って水面へと浮上する。
 「ぷはぁ」
 空気って素晴らしい。胸の奥まで深く吸い込みながらプールサイドへ。
 「ん?」
 シズちゃんが浮いてこない。プールサイド近くまで泳いでから気付く。やった、これで平穏な学園生活ゲットだぜ。
 「シズちゃーん。」
 あれ、口が勝手に。
 「おい、臨也。どうした。」
 「ドタチン、シズちゃんが浮いてこないんだ。」
 「え、もしかして静雄泳げないとか。」
 まさか。えええまさか。それはないって。口先では否定したが、顔は強張っていた。
 水を掻いてプールサイドから離れる。シズちゃん筋肉質だから浮かないんじゃないの。あ、それだと死んでてもわかんないじゃん。やだな、それ。というかそもそもシズちゃんが溺死とか似合わない。死ぬなら俺の手で、
 「ごばっ」
 なになになんなんだ。急に下に引きずりこまれて息が詰まる。とりあえずばたばたともがいてみるが少しも水面には届きそうもない。僅かでも空気を逃がすまいと口に手を当て、目を開いて下を見てみると今まで見たことの無いくらいいい笑顔のシズちゃんがいた。
 「ごぼぼががっ」
 思わず叫んでみたが自分でさえ何を言ったかわからなかった。とりあえずムカつく。なんだその顔。俺の不安を返せ。
 突然全身の力を抜いて目を閉じてみる。口から空気が漏れる。音もなくただ浮遊感に包まれる。さて、
 今度は一気に体が水面上へと持ち上げられた。
 「臨也、臨也。死んだか?」
 死んだら答えられないだろ。吹き出しそうになるのを抑えて、薄く笑いながら目を開けてみる。まるで抱き締められてるみたいな体勢だ。
 「不安になった?」
 多分俺は今までしたことないぐらいのいい笑顔をしてる。

 「仲いいな、あいつら。」
 「似た者同士なんだよ。」
 生ぬるい笑顔で俺たちの様子を見守っていた二人も後々プールにダイブすることになったのは言うまでもない。