子供というものは案外早く成長する。身体的にもだが内面、特に思考力なんて俺の想像をいつのまにかはるかに上回っている。
 もうすぐ二十代も後半に入るというのに今更ながらそんなことを思い知った。

 30分前のことだ。
 数ヶ月ぶりに妹たちが家に来た。何の前触れもなく、突然。当たり前のことだが、気楽な学生とは違って俺にも仕事がある。たまにニート扱いされたりもするが一応情報屋だって趣味と実益を兼ね備えた立派な仕事だ。今日は立て込んだ仕事はないものの、情報収集や次の取引の準備などでそれなりに忙しい。そんなときに「暇だから遊んで」なんて言われても無理だ。だから丁重に断って追い返そうとした。しかしあいつらの中二的発想力は俺の想像を越えていた。
 「マイル、クルリ。これ外せ。俺は仕事中なんだ。」
 両手を動かすとじゃらりと不快な音が鳴る。そのまま軽く手を上げると両隣にいる二人の妹たちの片手もそれぞれ上がる。はぁ、溜め息を吐くと二人は嬉しそうにケタケタと笑った。右手はマイルと手錠で繋がれ、左手はクルリと繋がれている。突然押さえつけられたと思って気付けばこの状態だった。ああ、もうほんと。さすが俺の妹としか言い様がないよ!

 「臨兄、あたしたち買い物に行きたいの。」
 「来…、」
 「目的はそれか。」
 正直行きたくない。仕事もあるし、何よりめんどくさい。でもこの状況でそれを口に出せばきっと俺は綺麗に真っ二つだ。素敵で無敵な情報屋さんは二人で一つ!なんてのは冗談にもならない。
 「クルリ、そこにある俺の財布とって。マイル、ジャケット…はどうせ着れないからいいか。」
 腹をくくった俺の言葉を聞いて二人は子供らしく無邪気にはしゃいだ。いつのまにか大きくなったなぁ、となんとなく思ってから自分の年寄り臭さにちょっとうなだれた。

 夏の日差しが容赦なく降り注ぐ中、三人で並んで歩く。こうなったら手を繋ぐしかないでしょ、というよくわからない理論で暑苦しく恋人繋ぎなんてしてじゃらじゃら音をならしながら街を行く。
 いつぶりだろう、こんな風に兄妹揃って歩くのなんて。こいつらがまだ俺の腰ぐらいまでしかなかった頃だから、もうずいぶん昔のことになるのか。両隣にある頭は俺の肩辺りで楽しそうに弾んでいる。右はうるさい、左は静か過ぎる。かなり個性的に育ったのはもしかすると俺のせいかもしれない。それについて謝る気なんてさらさらないし、それにこいつらも楽しんでるみたいだからいいんじゃないか。無責任な兄だなぁ、そう思うとなんだかよくわからない気持ちになって、指先に力がこもる。握り返してくる細い指にうっかり口から似合いもしない言葉を言いそうになったので、俺は歩くことだけに集中することにした。

 「あ、クル姉それ似合う!あ、じゃあじゃあこれも!」
 キャイキャイはしゃぐマイルにクルリがおもちゃにされている。ちなみに二人が動くたび、俺は大分乱暴に扱われている。金属が肌に当たって少し痛い。しかし二人の表情を見て俺は何も言えなくなった。
 「臨兄、どうこれ?似合う?」
 「可愛…?」
 「あ、あぁ、うん似合ってる似合ってる。」
 「つれない返事ー」
 「臨兄、疲…?」
 「いやいやお前らが似合いすぎてて言葉が出なかっただけだよ」
 俺の顔を覗きこむその姿が昔の姿とダブって、ああこいつらはやっぱり俺の妹たちだったと可笑しくなった。手錠で繋がったままの手で頭を撫でると、なんかへん、と文句を言われたが抵抗はされなかった。

 何軒か店を回って二人の手が荷物でいっぱいになったころにはもう俺はくたくただった。だが二人はまだ元気そうで、次はどこへいくかだとかを盛んに話し合っている。
 「なぁ、ちょっと休憩しないか」
 日差しは昼間よりましになったが気温は変わらない。少しでも涼しいところで休んで体力を回復しておかないと耐えきれないだろう。「えー、店閉まっちゃうよ。」
 「急…行…」
 「そんなすぐ閉まんないから。」
 不平をもらす二人をなんとかなだめすかして一番近くのファーストフード店に向かう。自動ドアが開き中から涼しい風が吹き出す。
 「げ、」
 「あ、静雄さんだ。」
 最悪だ。よりによってなんでこの状況でこいつに会うんだ。シズちゃんはもうすでに額に血管を浮かべている。まずい。逃げようとして体をひねると両手の鎖ががしゃりと鳴った。あ、俺死んだ。そう思った瞬間、俺はマイルとクルリを抱き込んでいた。

 「…」
 いつまで経っても予想していた衝撃はない。そっと瞑った目を開いて見ると、口を開けた間抜けな表情のままシズちゃんがこちらを見ていた。
 今までじっとしていたマイルとクルリが急に俺の腕から抜け出した。
 「ごめんなさい静雄さん!臨兄がサイテーだってことはわかってるけど今は止めて!」
 「臨兄…疲…」
 さっきとは反対に二人が俺を抱き締めた。まるで俺を守るみたいに。っていうかこいつら、手錠外して二人だけでも逃げればいいんじゃ。
 「それはダメ!」
 「今日…三人…一緒」
 「そんなこと言ったって、お前らまで怪我したらどうするんだよ」
 「臨兄が怪我するのもダメだからね!」
 「嫌…!」
 ファーストフード店の前で女子高生二人に抱きしめられ、しかもその前には平和島静雄。なんかシュールな光景だなぁ、と混乱しながらもそんな暢気なことを思った。
 「チッ。」
 舌打ち一つとじゃあな、という言葉を吐いてシズちゃんが去って行こうとする。
 「え?シズちゃん?」
 「今日だけだ。」
 次は殺す。物騒な捨て台詞を残し、シズちゃんは一度も振り向くことなく去って行った。
 シズちゃんが見えなくなるまで見送った。俺は今までにない事態に呆気にとられていた。馬鹿みたいに口を開きあいつの去って行った方向を見る。
 マイルとクルリが俺から離れた。立ち上がって俺に手を差しのべる。
 「臨兄、ありがとうは?」
 「良…」
 笑顔でそんなことを言うこいつらに俺は一生敵わないだろう。差しのべられた手が昔とは随分違って俺は思わず笑った。