「月が綺麗ですね。」

 燦々と太陽が輝く正午過ぎ。窓の外に立ったまま甘楽は言った。俺と同じ顔をして笑う。お気に入りのコートの裾が舞い上がる。

 「そうだね、まるで俺の心みたいだ。」
 書類の散らばるデスクの上に腰掛け俺は言った。チャットルームには誰もいない。

 「真顔でよく言えますよねぇ、そんなこと。」
 「君の心はどうかな?」
 「自分の胸に手を当てて考えてみたらどうですかぁ?」
 「残念、俺の心は家出中のようだ」
 「あららぁ、というかそもそもあったのかなぁ。」
 「自分の胸に手を当てて考えてみたらどうだい。」
 「セクハラですよぅ」
 「いいじゃないか、君と俺との仲だろ。」
 「どんな仲だったかさえも忘れました。」

 甘楽はソファに腰掛けテーブルの上に置かれた将棋盤を眺める。
 「臨也くんはどこにいるんですかぁ?」
 「君とおんなじ所だよ、甘楽。」
 「私はいないみたいですけど。」
 「おかしいな。逆立ちしてみてごらん」
 俺がデスクから降りた拍子にたくさんの書類が床にばらまかれた。俺はそれを踏みながら将棋盤へと近付く。

 「どうやら私はどこにもいないみたいですねぇ。」
 甘楽は身体を宙に浮かせたまま呟いた。
 「当たり前じゃないか、俺はカミサマだからね。」
 「それは知りませんでした。じゃあ私はなんなんでしょう。」
 「他人に存在意義を求めちゃいけないよ。」

 俺と同じように甘楽が笑う。
 「私は人間が大好きですからねぇ。」
 「うん、俺は人間が嫌いだ。」
 「臨也くんは何のために生きてるんですかぁ?」
 「死ぬためだよ。」
 「矛盾しますねぇ。」
 「矛盾ってなんだっけ。」
 「たしか最近話題のの韓国人スターじゃなかったかしら」
 「あぁ、ム・ジュンさんね。彼、こないだ自殺したんじゃなかったかい」
 「でも箱を開けてみないとわからないのがミソですよぅ」
 「驚いた!ム・ジュンさんは猫だったのか。新事実に世界の存在が不確かになるね。」
 テーブルごと将棋盤をひっくり返す。がっしゃん、世界が崩壊する。

 「ねぇカミサマ、次の終末はいつですかぁ。」
 甘楽はパソコンのモニターを覗き込みながら俺に訊いてくる。顔は見えない。
 「週末は水曜日だよ。」
 「さすが自由業。ランクチェンジしてニートになったらいかがぁ?」
 「それなら君は白魔道士だ。」
 「まぁステキ。回復魔法であなたを消せるのね。」
 「熱烈な愛の告白ありがとう。でも俺には心に決めた人がいるから。」
 「私のことですね、わかります。」

 『甘楽さんが入室しました。』
 「臨也くんでぇーっす、なんちゃって。」
 モニター越しに甘楽が笑った。

 「臨也くん、ねぇ、月が綺麗ですよぉ。」
 「そうだね甘楽、俺も愛してるよ。」

 「ねぇ、臨也くん。」
 もっと嘘を頂戴。
 「私はあなたの二枚舌の先から生まれるんです。」

 「甘楽、そうだね。」
 全部全部嘘だけど。
 「俺は君がいないと生きていけないんだ。」

 俺たちは同じ顔で笑って、それからまた嘘を吐いた。

 「月が綺麗ですね。」