(お、)
 珍しいものを見た。
 いつも俺の後輩と楽しそうに(まぁ本人達は真剣なのだろうが)喧嘩をする男がひどく不機嫌そうな顔をしてコーヒーショップのカウンターに座っている。男はカツカツと苛立ち紛れに人差し指を木目に打ち付けて、その目はひたすら虚空を睨む。

 休憩しようと入った店で見たそんな光景に俺は目を奪われた。その空間だけがどこか現実離れしていて逸らすことも出来ない。

 (あぁそういえばこの男も人間だったな。)

 入り口に立ち尽くしたままの俺に店員の不審げな視線が刺さる。笑顔でそれを受け流し、注文をするためにレジの方へと歩み寄った。
 「あ、田中トム。」
 フルネームで呼ばれるのなんか久しぶりだなぁ、と注文しながら思った。体ごとひねってそちらを見れば、さっきとは真反対の笑顔で男が俺を見ている。

 「歳上は敬えって言われたことないか?」
 この季節にはそぐわない熱いコーヒーを受け取って、俺はそいつの隣に腰かけた。

 「ハハッ、じゃあトムさん?」
 「うーん、かなぁ。」
 「嫌ですよ、シズちゃんとお揃いなんて!」

 男は手に持ったグラスを揺らす。氷だけしか残っていないそれがカラカラと透き通った音をたてるのを俺は黙って見ていた。

 小綺麗な印象の男だ。整えられた爪がまた木目を叩くのをぼんやりと眺めながら俺は思った。普段あれだけ人間離れした動きをしているにも関わらず、随分と静かな空気を持っている。

 (なんかあいつと似てるなぁ。)

 痛んだ金髪を思い出して苦笑する。そのことを口に出してみれば、男は盛大に眉根を寄せて吐き捨てるように呟いた。

 「俺はね、シズちゃんのことがだいっきらいなんです。」
 どこか子どもっぽい言い方だ。さっきまでカウンターを叩き続けていた指先はいつのまにか止まっていた。

 「へぇ、でもさ静雄のこと憎くはないんだろ?」
 男はふんと鼻を鳴らして黙り込む。沈黙は肯定と受け取っても良いものか。

 (好きの反対は何だったかな。)

 「俺があんたにとって『その他大勢』であるように、俺にとってもあんたは『その他大勢』だから言えることなんだけどさ、」

 温くなったコーヒーを一口飲んで俺は続ける。不思議そうに首を傾げる男の目にはいつも見る強烈な光はない。

 「静雄とあんたはさ、一生離れらんないぜ。きっと。」

 (この男もあいつも気付いていないだろうが。)

 「静雄もあんたもさ、人間臭いんだよ。まぁお互いには見せないけどな。」

 わけがわからないと男の顔には書かれている。途方に暮れたような表情が後輩とそっくりで俺は吹き出しそうになった。
 あいつにしてやるように肩をポンポンと叩けば、男はまた指先をカウンターに打ち付ける。

 「もうすぐ静雄、出勤してくるぞ。」

 一言そう残して立ち上がれば、男も立ち上がる。雰囲気から察するに、俺と話していたときよりも機嫌はいいようだ。
 もうすぐ休憩も終わる。まっすぐに前を見つめる男の背中はすでに臨戦体勢だ。

 どうやら今日も池袋は平和らしい。