「君はさ、自分が変態だって自覚したことはあるかい、臨也。」

 また不躾な質問をするなァ、この変態は。内心そう思ったが、他人のことを笑うには俺自身に思い当たりがありすぎた。ふん、と鼻を鳴らして肯定すれば目の前の変態はこれを得たりと口の端を上げる。

 「別に僕は君が人類全部なんていう特殊な嗜好を持っているからだとかノーパンだからとかそんな理由でこの質問をしたわけじゃない。これは純粋な学術的好奇心のしむるところなんだ。」

 やれやれ何が『学術的』だ。この男の欲求はすべて脊椎反射から来るものだということはとっくの昔に知れたことなのに。
 幾ばくかの反論をくれてやろうかと考えあぐねていれば、新羅が何か言わんと口を開くので俺は右手をひらひらと振って発言権を譲ることにした。

 咳払いを一つ。

 「私が考えるに、変態というのは非常に高尚な種の一である。人類の中で最も原始的な欲求と、かつ現代的思考構造に基づいた発展の可能性を内に秘めた、いわばこの世界の進化を極めたものと言えるのではないか。そう私は思う。」

 自分を正当化するのが上手いな。それでも俺が何も言えずにいるのは擁護されている立場上仕方のないことなのだ。俺は責任転嫁が上手い。それも周知のことである。

 額に手をやりつつ脚を組み直す。

 「それを俺に自覚させてどうしようってんだい。新人類でも名乗れって?」
 「あはは、それもいいね。そうすれば唯一無比な彼女と並び立てるかもしれない。」
 「おや、君は自分がソレだと理解できてたんだ。驚いた。」
 「稼業は闇医者なものでね。」
 「なるほど。ならば情報屋の俺もソレとしてのアイデンティティを確立させなきゃね。」
 「いいや君に関しての補完計画はすでに終了している。オメデトウ!」

 二人きりの部屋に拍手はよく響く。嫌味以外何も込められていないその音が空気を震わせるのを笑い声で掻き消して、俺は話の続きを促した。いくら情報屋といえども他人の腹の底まで手を突っ込む義理はない。そう訴えた目線はどうやら上手く伝わったようだ。男は肩を竦めるとぺたんぺたんと声高にスリッパを鳴らしながら歩み寄ってくる。ソファに腰掛けたままの俺を影が覆う。

 「君は孤独だね、臨也。」

 眼鏡越しの視線は非常に愉快そうに歪んでいる。一方見下ろされる側の俺には不愉快さが募る。「人ラブ!」と叫んでやろうかとも思ったが、それは否定にはならないのだとふと気が付いて止めた。

 「それが?わかりきったことじゃないか。」

 あえて肯定してみる。自己擁護のために心では否定してみたが、悲しいことに真実はいつも一つと決まっているのだ。ご都合主義にならないものかと画策したところで所詮俺は3Dであった。絶望した!とでも言うべきか。

 「そう悲観する必要はないよ。だって君は変態だもの。」

 だもの、だってさ。また悟ったようなことを言う。

 「君だって変態だろ、新羅。」
 「そう、そこで話は冒頭に戻るんだ。」

 白衣の裾を翻し、新羅は勢いよく俺の隣に座る。スプリングが軋り、同時にほんの少し俺の身体もはね上がった。

 「いいかい。つまり変態というやつは他の人類よりも本能的欲求が強いがゆえに身体的、あるいは精神的に発展した。いやせざるを得なかったんだ。しかしながら発展したからといってその欲求が解消できるわけではない。フラストレーションは蓄積され時々刻々と欲望は増大されていつしか爆発する道を辿っていく。さて、このままそれを悪だと決めつけて抑え込むこともできるけれど、きっとそれでは変態的根幹の上に成り立った精神は壊れてしまうだろう。」

 新羅が俺の手を握る。温かく湿った掌。気持ち悪いと罵る間もなく次の長台詞が始まった。案外この男は力が強いのだ。

 「だからこそ僕達には進化が必要だった。それは自然の致す所で私達にはどうしようもない範囲だけれども、変態という名のマイノリティが餓えないよう世界は私達を変容させたんだ。これこそご都合主義の最たるものだね!二次元化なんて僕達に必要ないんだよ。」
 「本題まだー?」
 「お待たせしました、ここからが本題だ。」

 新羅はキラリと眼鏡を光らせて、こちらへ熱い視線を向けてくる。さてこれは学術に対する情熱か、はたまた底光りする情念か。どちらにせよ変態臭いことに変わりはない。鼻を摘むこともできずにただ眉根を寄せてじっと黒い眼鏡フレームを見詰める。新羅の片手で塞がれた俺の片手がすいと俺の目玉と眼鏡との間に割り込んできた。俺と無機物の現実からの逃避行を邪魔するなよ。

 しかし熱に浮かされたこの男は平然と俺を現実に引き戻す。

 新羅は目の前に掲げた俺の白く、骨張った手の甲をべろりと舐めあげた。
 「ぎゃあ」と何とも情けない声を出した俺は慌てて手を自分の統率下に退かせようとしてみたが、新羅、この変態はにやにやといつも通りのいやらしい笑みをたたえたまま放そうとしないのだ。

 「僕の論によれば、変態というやつには何かしら他の人間を引き寄せるための特徴があるはずなんだ。例えばいい匂いがするだとか、身体が甘いだとか。」

 こいつをうましかと罵ることは容易だがそれでは本物が報われない。変態の変態による変態のための罵詈雑言が必要だ。しかし諸刃で傷付くことをいとう俺はやはり隘路をアイロニーで進むのである。

 「それで、俺のお味は?」
 「悪くないね。」

 楽しげにもう一度俺の手を舐めてから変態は論理的に屁理屈を重ね上げていく。

 「でもさ、これじゃ誰も何もどれも欲情どころか君の孤独を埋めることさえできやしないよ。まぁ静雄みたいに君の匂い、ああもしかしたらあれはフェロモンなのかも、それを嗅ぎ当てられる奴なら誘えるかもしれないけど。」

 ああ、なんだ。なるほど成る程。つまりこいつは持て余している訳だ。

 「シズちゃんが羨ましいのかい。」
 「はははそれはないね。だって僕自身があの身体になったら解剖はできないだろう?」
 「どうかな。俺にはわからない。でもさ君のその口振りは、」
 「だから臨也、キスしようか。」

 考えれば考えるほど、見れば見るほどおかしくてたまらない。いくら変態と言ったってこいつは新羅なのだと俺は思わず笑いを堪えた。

 「キスだけでわかる情報は両手で足りないほどある。それにこれは実験だ。変態同士が触れ合うことで新しい世界が見えるかもしれないっていう、」

 空いている方の手は新羅の余計な台詞を断ち切るのに最適だった。御託はもう結構。君の言わんとすることはすでに俺の頭を湯立たせている。

 「変態は変態同士仲良くやろうじゃないか。」

 良く似た表情でにやりと笑ってやれば、新羅は目を細めて俺の手を引いた。

 「適合率はオールクリア。後は君が私をどう認識してるかで結果は左右される。」
 「そんなもの言わずもがなじゃない?」
 「残念。僕は進化の過程で空気の読み方を捨ててきたんだ。」

 喉の奥で笑う。俺は組んでいた脚をほどいて、そのままの勢いで新羅の膝の上に乗り上げた。手を回して首筋に顔を埋めればシナプスが千切れそうなほど甘い匂いがした。
 新羅の舌が肩を這う。

 「甘いなぁ。吐きそうだ。」
 「そう?君だって美味しそうだよ。」

 頭がくらくらする。何もかもすべては俺の預かり知らぬことなのに。お互い様だと腰に回ってきた手は言っている。ゆっくりと顔と顔を見合わせて、俺たちはいやらしく笑った。

 「「この変態。」」