……ブウウーーーンンンーーーンンンン………。
俺がウスウスと目を開けると空には満点の星が巡っていた。ビルとビルの合間に星が落ちてくるような錯覚を覚え
る。ぼんやりと映るのは街の影、影、影。
おや、俺は生きているらしいと気付いたのは乾いた舌の先を伸ばしきってからだった。
右腕は動かない。重い頭をもたげてみれば、白い無機物が飛び出ているのが見えた。どうやら折れてしまっているようだ。
(なんて愛しい、)
俺は先ほどの出来事を思い出す。騙したと告げたときの絶望の顔、激昂して叫ぶ声、銃声と共に男が一瞬見せた愉悦の表情。腹に開いた穴がじくじくと痛む。それとともに沸き上がってくるのは堪えきれないほどの喜びだった。
「くく、あは、ははははは」
(なんて愛しい!たったの一言で人間はああも変わるものか!あの顔、あの声、あの欲望。俺はあれを見るためならどんなことだってしよう。それが俺にとって、いや「折原臨也」としての喜びなんだ!)
鼓動が早くなって呼吸が苦しくなるのも構わず俺は声を上げて笑った。楽しくて楽しくてたまらない。
ごろりと身体を転がして地面に這い蹲る。立ち上がろうとしてみたがどうも上手くいかず土を噛んだ。擦りつけた額走った焼け付くような痛みが涙を滲ませる。歪めた口元から漏れる液体の熱さに吐き気がした。
(そうだ。こうやって利用されて捨てられることだって「折原臨也」にとっては喜びなんだ。)
くつくつと喉を鳴らす。沸き上がってきた泥を辺りに吐き出した。力の入らない腕で無理矢理身体を引き起こして壁に寄りかかる。遠くの方から耳鳴りのように響く車の音。不思議と人々の声は聞こえない。眠ってしまったのだろうか。そういえば今が何時なのか、そしてここがどこであるのか俺にはわかっていない。半分だけ開いていた瞼ををふっと持ち上げるとぐるりと世界が回った。さながらでんぐりがえりをしたときのような、同じところにいるはずなのにまるで自分だけが違う空間へと飛び込んでしまったかのような感覚だ。
(夜は明けるだろうか)
不意に俺は思った。煌々と月は俺の上で踊る。俺がいる限り太陽は昇らないと、そう信じていたのだ。
俺はがっくりとうなだれる。なによりも疲れていた。ポケットに入ったままの携帯電話を取り出して履歴を開く。通話ボタンを押すだけ押して地面に右手と一緒に投げ出した。人と繋がるためのもののはずなのに、これに出てしまえば俺は人間ともう二度とわかりあえない気がしたのだ。根拠のない不安は体温を奪っていく。
「あー、しくじったなァ。」
俺は口を開いた。それが声になっていたかどうかはわからない。全身が脈打つのがわかる。痛みはもう感じなくなっていた。ぱしぱしと目を瞬くと頬に何かが伝い落ちる。
(愛、愛、あい、)
俺は頭の中で繰り返す。俺にとって大切なもの。「折原臨也」にとっての全て。
「なんという奇怪な言葉だろうか。」
いつか聞いたことのある台詞を呟いてみれば、あまりにぴったりでおかしくなった。止めることもなく笑い声を上げれば喉が嗄れていくのがわかる。
コール音はいつの間にか途絶えていた。向こう側から聞こえてくる低い声が鼓膜を緩やかに揺らす。
(俺は狂っちゃいない。)
しかしそれはたった一言で切れるかもしれない細い細い糸だった。
俺は耳を塞いだ。
「俺は人間だ。」
そう呟いた声は誰かに届いたのか。喧噪はひどく遠い。