年がら年中、それこそ正月も盆も関係なく戦争、もとい喧嘩をし続ける俺達だからこんなことは本当に些細なことなのだ。

 いつもよりほんの少しシズちゃんがキレていて、そして俺がなぜだかぼおっとしていたせいで見事にガードレールがジャストミートでホームランしたのである。痛みで回らない頭は逃げろとなんとか正常に警告を鳴らしたが、流石は俺の身体。デレ減量中のツンデレワガママバディは言うことを聞かず、なんだよと問いかけてみれば右足と右腕が家出しかけていた。
 まぁつまり骨折してあり得ない方を向いていた訳だけど。

 あっははー、困ったなー。赤と白の間でぐにゃぐにゃ揺れる視界の中で笑おうとしたら聞くに耐えない呻き声になった。
 「お…。…ざや、……?」
 えらく遠い所からシズちゃんが俺を呼んでいる。ふむどうしようか。次は本格的に身体から魂が家出しそうだなぁ。いや、むしろ夜逃げ?
 段々と暗くなっていく世界に俺は別れを告げる。さよならバイバイ世界が平和でありませんように!

 「全治3ヶ月ってとこかな」
 驚いたことに俺は生きていた。新羅によると右半身の機動力は大幅に削減されているがそれ以外は無事らしい。
 「悪運が強いよね君も。」
 「憎まれっ子世に憚る?」
 「憎まれてるって知ってたんだ!」
 あははと口だけで笑って睨むと新羅は肩を竦めた。
 「まぁ、僕から言いたいことも沢山あるんだけど。」
 ゆっくりと開かれたドアの向こうには現在見たくない顔ワースト1があった。
 新羅に急かされひどく気まずそうに部屋に入ってきたそいつは開口一番俺を驚愕させることになる。

 「悪かった。」
 「は、」
 鼓膜からの振動が脳に伝わりぐるぐる回る。ゲシュタルト崩壊し始めたその言葉をどうにか飲み込んだが消化不良を起こして思わず吐き出す。
 「悪かった?」
 「悪かった。」
 左手を突っ張って体を起こそうとすれば案の定バランスを崩し、予想外なことにシズちゃんに支えられた。
 「何言ってんの?」
 「あ゛ぁ゛?」
 「謝ってるんだよ、静雄は。」
 なんとか新羅の通訳で意味はわかったが、どうにも訳がわからない。
 「なんで?」
 支えられたままの近い距離で見ると血管が浮き上がる様がよくわかる。
 「なんで?俺が怪我すんのなんかいつものことだろ。骨折ったのだって今日だけじゃ、」
 「ガタガタうるせぇ。」
 支えられていた腕が離れ俺はベッドに沈む。顔の横にシズちゃんの大きな手が置かれ身を捩ることも出来なくなった。
 「今日のシズちゃん訳わかんない。」
 あ、いつものことか。
 「お前は俺が面倒をみる。」
 「は、あぁぁぁ?」
 新羅に通訳を求めてみたがさっき聞いたままの意味しか返ってこない。混乱、いや困惑、もしかしたら恐怖が俺の頭を支配する。
 「静雄は責任感じてるんだよ。だから、」
 「甘んじて拷問を受け入れろって?」
 「何が拷問だって?」
 顔が近い。レンズを介さない直の視線が刺さる。目で殺すってこういうことなのかなぁと少しだけ現実逃避。

 「治るまでお前は俺のもんだ。」
 「いやそれはおかしいだろ。」
 「まぁいいじゃないか。」
 どうせ動けないんだし。新羅は完璧に面白がっている。逃げ道などどこにもなく、俺は初めてこの街の意思を呪ったのだった。

 おんぶかお姫様抱っこかと問われて即座にセルティを選択した俺はシズちゃんより一足早く部屋に着いた。何も出来ないのでソファに座ったままうとうとしているとほどなくして騒がしい足音が聞こえて来る。
 「早くない?」
 「走ってきたからな。」
 お前のために。ぼそりと付け加えられた言葉に頭や心臓がふわっ、いや、ぶわっ?そんななんだかよくわからない感覚に支配されながらシズちゃんの方に目をやってみればなぜかやたらと大きな荷物を抱えている。
 「泊まるからに決まってんだろ。」
 悪い予感は当たるものという定説は間違っていないらしい。シズちゃんの声のせいで浮遊感に似た感覚は高まっていく。うわーなんだこれヤバイんじゃないか。だってなんかシズちゃんがかっこよく見える。
 ぼんやりする俺を不思議がりながらシズちゃんがこちらへ近付いてくる。それを反射的に避けようとしてバランスを崩しソファに倒れ込んだ。
 「怪我人の癖に暴れんじゃねぇよ」
 顔をしかめているのに怒ってないシズちゃんなんて初めて見た。支えられた背中からぞわぞわと熱が這い上がってくる。顔の熱さに耐えきれなくなって左手で目を押さえる。
 「なんだ、どっかいてぇのか。」
 頬に触れた手の温かさに驚いて思わず左手で振り払う。
 「大、丈夫だから!」
 「お前なんか顔赤、」
 「くない!大丈夫!」
 無理矢理後退ってさらに触れてこようとする手から逃れると目の前のイケメ…何言ってんだ、えー歩く暴力は溜め息を吐いてキッチンへと向かって行った。

 「晩ごはん、何がいいんだ。」
 「え、」
 いつもと違う空気に戸惑う。俺かそれともシズちゃんがおかしいのか。わからないけどとりあえず頭がふわふわする。
 ないんならいい、と言って再び向けられた背中に俺は混乱しながら呼び掛けた。
 「オムライス。」
 振り向いた顔の穏やかさに息を飲む。
 「よし、任しとけ。」
 ちらりと見えた横顔が笑っていたような気がして、熱と平和で飽和しかけの俺の脳はホワイトアウトすることとなった。

 どうにか収拾をつけようとソファに沈んだまま目を瞑っていると、突然体が浮いた。慌てて目を開いたときにはもうすでに俺は食卓に座っていて、その前には綺麗に盛り付けられた料理が並んでいた。隣に座ったシズちゃんの顔が妙に嬉しそうだったのと、予想を大幅に上回る料理の出来に目を見張る。
 「シズちゃんって料理できたんだ。」
 「一人暮ししてりゃこれぐらい出来るだろ。」
 「…、そう。」
 「出来ないのか。」
 「いただきます!」
 不躾な質問をすっ飛ばしてスプーンを取る。しかし利き手でない分どうにも食べにくい。がちゃがちゃと品のない音が鳴る。
 不意に横から伸びてきた手にスプーンを奪われた。この男に似合わないほどの丁寧な動作で一口大に分けたオムライスがスプーンの上に飾られる。

 「あーん。」

 自動喧嘩人形の行動は俺の許容量を遥かに超えていた。あああもうなにこいつ。頭がオーバーヒートする。なにも言えずに固まる俺の前にスプーンがずいと差し出される。無言のプレッシャーに耐えきれず俺はスプーンに噛みついた。

 「おいしい。」
 なんと自然に言葉が出てきた。シズちゃんは一度驚いたような顔をして、いままで俺が見たことのない表情で笑った。俺はなぜだか苦しくて目を見ることも出来なかった。

 「気持ち悪いのか?あんま無理して食うな。」
 俯いたまま口を開けようとしない俺の顔を覗き込みながら尋ねてくる。慌てて否定しようとしたら噎せて咳き込むこととなった。

 俺が何か言う間もなく体を抱えられて、気付けば見慣れた寝室の天井を見ていた。
 「あの、シズちゃん、」
 「痛いところは。」
 「え、あ、頭?」
 「ちょっと待ってろ、バファ●ンもってくる。」
 「いや待って優しさとか要らないから。」
 「半分は薬だから大丈夫だ。」
 「何が大丈夫なんだよ。」
 どうやっても突破口は見つからなさそうだがともかくシズちゃんの腕を掴んで被害を最小限に抑える。意味わかんねぇ、みたいな顔するな。お前の方が意味わかんねぇよ、と目で訴えてみたが中々伝わらない。
 「なんだ、熱あんのかお前。」
 「気持ち悪い。」
 「バケツとってくるわ。」
 「いやいやいや、そうじゃなくて。」
 熱を測ろうとしてくる俺より一回りも大きい手を払いのけて俺は体を無理矢理起こす。
 「お前、起きんじゃ、」
 「シズちゃんが優しいのが気持ち悪い。」
 「はぁ?」
 「なんだよ、同情か。屈辱だ!シズちゃんに哀れまれるぐらいなら電子レンジに入って爆発する方がましだ!」
 「やっぱお前熱あんだろ。」
 「あああもお、なんでだよわけわかんないよ!なんで優しいんだよこのイケメンが!ギャップ萌えか、優しさと切なさと心強さか!」
 「うるせぇ!」
 頭を押さえつけられてベッドに沈む。スプリングと脳が軋んで動けなくなった。短く息を吐くと真上にいる男は深く溜め息を吐いた。

 「心配ぐらいさせろ。」
 「俺を殺したいんじゃないの?」
 「当たり前だ。それでもお前が勝手に死ぬのは駄目だ。」
 勝手に熱くなる額を撫でられて肩が跳ねる。
 「矛盾してるよ。」
 「うるせぇ。黙って心配されとけ。」
 「無茶苦茶だ!」
 自分でやったくせに!暴れる俺を軽くいなして男は笑う。
 「そうだな。全部俺のせいだ。」

 唇を噛んで叫びだしそうなのを耐える。俺はもう駄目だ。
 「べ、別にシズちゃんのことなんか嫌いだからね!」
 「俺もお前のことが嫌いだ。」
 「よかった!これが俺たちの日常で正常、」
 「でもお前は俺のもんだ。」

 頭の爆発する音が聞こえた。声も出せずにベッドに沈みこむ。右の手足が痛むと同時に胸も悲鳴を上げた。どうしよう。ふわふわした思考に支配される。
 金髪が揺れるのを見て逃げ場を失った俺は目を瞑る。

 「あぁ、もうどうにでもして。」

 体を包む空気がいつもより軽い気がした。触れる手が熱いのはそのせいなのだろうか。俺の脳は全てを受容し、その熱で溶けていくのだった。