「静雄、君に薬を盛ったよ!臨也がラブリーに見えるようになる薬さ!」
「な、なんだってー!」
「ふふふこれで君たちのすれ違いやら少女漫画的展開にやきもきしなくてもいいんだね!さぁいけ、行くんだ静雄。臨也のバージンは君に」
がしゃっ
強制シャットダウン。すぐさま再起動して現実世界にアクセス。プロバイダはさっき壊したらしい目覚まし時計だ。
「なんだ夢か。」
スペック不足の俺の頭がようやく動き出した。見上げる天井も吸い殻で溢れた灰皿もいつも通り。さっきみたいにやたらと世界は輝いてないし、それに俺の目もおかしくはない。
手を伸ばして箱から煙草を一本抜き取る。寝転がったまま脳まで紫煙で満たしてぼんやりとさっきの夢を思い出した。
それにしても恐ろしかった。夢の中の新羅がムキムキだったこともだが何より言っていたことがだ。
「ラブリーなノミ蟲、」
口に出した瞬間、全身に鳥肌が立った。ないないない、断じて決して確実に絶対にありえない。あいつがラブリー、23歳だぞ。ラブリーがゲシュタルト崩壊しそうだ。
下らないことから離れようと俺は立ち上がる。なんだか首が痛い。夢見が悪かったせいだろうか。また恐ろしい考えに捕らわれそうになるのを頭を振って回避した。
電話が鳴った。嫌な予感がする。
「もしも、」
「静雄、静雄!大変だ、臨也が、」
ブツッ
わざとじゃない。わざとじゃないんだ。ただ俺の本能がそれ以上は聞くなと言ったから。
再びかかってきた電話に出ると、焦った新羅の声がする。
「なんで切ったの!?」
「嫌だったから。切るぞ。」
「待って、大変なんだよ!」
「んだよ。簡潔にまとめろ。」
「臨也がラブリー、」
「うわあぁぁぁ!」
恐ろしい単語が聞こえた。思わずぶん投げた携帯電話は壁と一体化してしまっている。
しかしそれどころではない。新羅の言った二つの単語が頭を巡る。
『臨也』『ラブリー』
この二つは並べてはいけない。弁当箱におでんを入れてはいけないように、取り返しのつかないことになることは目に見えているのだ。
「シズちゃん!」
だから言っただろう。取り返しのつかないことになると。開いたドアの向こうに世界が待っている。これは不可抗力だ。臨也が現れた瞬間俺の頭はあらゆることを放棄した。
「ラブリィィィッ!」
腹の底から力を込めて声の限りに俺は叫んだ。理由なんてない。ただこいつがあまりにラブリーだったから反射的に体が動いたまでのことだ。
「ラブリー!うぉぉぉラブリー!」
「シズちゃん落ち着いて!くっそなんなんだよ朝から皆。俺が通るたびラブリー、ラブリーって、」
「お前そんなラブリーな姿他人に晒してんじゃねぇよ。」
「いやこれ自然体なんだけど。」
とりあえず臨也を部屋に引っ張り込むと、なぜかその後ろから新羅も着いてきた。
「ラブリーだろ、臨也。」
「ああ、俺以外の誰にも見せたくないくらいラブリーだ。」
「今のシズちゃんは大衆の面前で笑い者にしてやりたいくらい不気味だよ。」
「お前喋んな。ラブリー過ぎて抱き締めたくなる。」
「駄目だこいつ。新羅、早く土に還してあげて。」
「ははは、それは難しいなぁ。それにしても君可愛いよね。」
「どうしようこいつも駄目だ。」
頭を抱える姿もラブリーだ。しかしなぜこうもこいつはラブリーなのだろうか。前まではこんなこと思いもしなかったのに。首を傾げる俺に答えたのは新羅だった。
「臨也に薬を盛ってみたんだ。」
もちろん被験者がラブリーに見える薬を、さ。いやぁ始めはセルティに使おうかと思ってたんだけどよく考えれば必要皆無だよね。まぁ折角作ったんだからって臨也に使ってみたらこれだよ。まさかこれがこんなにも効くとはね。それにしても臨也が輝いて見えるんだけどどうしよう。
臨也は居心地悪そうに膝を抱えたまま動かない。二人の視線を一身に受けながらこちらに向けられた目にはうっすらと涙が溜まっていた。
「いつ治るのさ、これ。」
「多分明日には。」
「ってことは今日一日この状態か。」
もぉやだ、と臨也は膝に顔を埋める。その拍子に白い項が見えて心臓が高鳴った。そして気がつけば俺は臨也に襲いかかっていた。
「へ、あの、シズちゃん?」
戸惑う臨也を捕まえてその首に噛みつく。ぎゃあ、と色気のない悲鳴。それさえも可愛く思えるのは仕方のないことだ。ゆっくりと噛み跡に舌を這わせれば臨也は顔を真っ赤にして抵抗を始めた。
「何、してんの!君は!」
「エロい。」
「エロいのは君だよ、ちょ、やめ」
ふっ、と鼻にかかったような声にぞくぞくする。ノミ蟲のくせになんでこんなに可愛いんだ。細い腰に手を回してがっちりホールド。
「新羅、新羅!」
「丁度いいじゃないか。今のうちに既成事実でも作っちゃいなよ。」
「俺はこんなのでシズちゃんをどうにかしたいわけじゃない!」
臨也が俺を思いきりはね除けた。
俺はラブリーラブリーと叫び続ける脳の一部をどうにか押さえ込み現状を把握しようとする。
「君は静雄のことが好きで、静雄は君のことが好き。辻褄は合うだろ。」
「シズちゃんのは一時的なものだろ!あああこんなことになるんなら君に言うんじゃなかったよ!」
「言わなくたってお見通しだったけどね。そんな君さえ愛しい。」
どうしよう、どうしよう。臨也は壁に頭を打ち付けている。俺はどうすべきなんだろうか。ラブリーラブリー。脳内がピンク色でどうにも考えがまとまらない。とりあえず、と伸ばした腕に臨也を抱え込み俺は考えに耽る。
さて俺はこいつが嫌いな訳だが、ここへきて何をもって嫌いだと言うのかがわからなくなった。そもそも嫌いとは何か、それを定義しなければいけないのだが頭がふわふわして上手くいかない。よく考えよう。俺はこいつが嫌いなのか?
「シズちゃん、」
腕の中を見れば臨也が何か言いたげにこちらを見ている。可愛い。
柔らかな感覚。重たそうな睫毛の固まりが至近距離に見えた。
「へ、えええ!」
「耳元でうっせえな。」
「だって今シズちゃんキスし、」
「嫁に来い。」
「ぎゃああああ!新羅、新羅ー!」
過呼吸になるほど笑っている新羅に助けを求めるのは間違いだろう、と俺は内心思ったが口には出さない。
「なんでキス!?」
「お前が悪い。」
「はぁ?」
「お前が俺を好きだとか言うから。」
「言って、ないよ!」
否定ばかりを叫ぶ臨也を腕に閉じ込めたまま顔を上げると窓の外に青い空が見える。
(そういえば平日だ。)
「もうやだ。帰る。」
臨也は立ち上がろうとするがいかんせん力不足である。
「だってシズちゃん意味わかんないんだよ。」
諦めたらしく胡座をかいた俺の脚の上に臨也は座りこむ。意味わかんない意味わかんない意味わかんない、呪文のように繰り返される言葉。
「黙れノミ蟲野郎。」
臨也が勢いよく顔をあげた。
「し、シズちゃん元に、」
「うるせえなとりあえず嫁に来い。」
「どっちだよ!」
尻ポケットで携帯が鳴っている。聞こえないふりをして俺はしっかり臨也を抱き込んだ。
「どっちでもいいだろ。」
真っ赤な耳が可愛いと脳全体が叫んでいる。
あまり違和感がないのはなぜだろう。俺の嫌いの定義はどこへ行ったのか。頭がふわふわする。
「どっちでもいいか。」
定義付けなんて後でいい。未だ明るすぎる外の景色を眺めつつ、俺はどうすればこいつを俺だけのものにできるのか、そればかり考えていた。