「―――、――――」
臨也は黙り込む。普段はあれだけ、それこそ耳障りなほど喋るのに最中だけは声を出そうとしないのだ。
奥歯を噛み締め唇を真一文字に結んで、呼吸すらも拒む姿は痛々しい。それでも俺たちがこの行為を止めないのは臨也が俺に手を伸ばしてくるからと、何より俺がこいつのことを好きだからだ。
ベッドシーツに額を擦り付けるような姿勢だった臨也の身体を、繋がったまま反転させて正面で向き合う。顔を真っ赤にした臨也はひどく苦しそうに見える。頬を撫でながら唇を割り開くと、いやいやと臨也は頭を振る。俺はそれを無視して無理矢理舌で噛み合せられた歯列をこじ開けた。
臨也の白い首筋にどちらのものかわからない唾液が伝い落ちていく。顔を離すと開かせた口からようやく臨也は息をした。呼吸をさせるためにキスをする。まるで俺がこいつの生命線であるかのような錯覚に襲われて頭がくらくらした。
***
「君ってさ、俺のこと好きだろう。」
あの時臨也は俺に言った。まだ肌寒い春の、珍しく風が凪いだ日だった。
通っていた高校の旧校舎。古びた匂いの中に嗅ぎなれた男のにおいを認めた俺は、一人旧校舎の廊下を歩いていた。もうほとんど日は落ちかけていた。校庭に俺にのされたやつらも帰った頃だろう。誰もいないはずの校舎に俺の足音が響いていた。
臨也を見つけたのは一階の一番奥にある物置となっている部屋だった。窓の向こうから差し込む陽がやたらと赤かったことを覚えている。
俺がその部屋に足を踏み入れると、臨也は緩慢に顔を上げそう言ったのだ。
「答えられない?はは、この状況じゃ、そうか。ねえ?」
部屋に立ち込める独特の匂い。おそらく自らのものではない白濁が、臨也の黒い髪にべっとりとこびり付いていた。
何も言えずに俺が立ち尽くしていると、何も纏わぬまま臨也はゆっくりと立ち上がりこちらを見た。射抜くような視線だった。口元は笑っているのに目はどこまでも冷たい。
堪えきれずに俺は視線を背けた。臨也の腿を他人の欲望が伝うのも、臨也のすがるようなその目も、何もかもを見たくなかったのだ。
いつの間にか日は完全に沈んでいた。
目を瞑って小さく息を吐く。瞼の裏に白い肢体が焼きついていた。
「ねえシズちゃん。君はさ、俺を抱きたいんだろう。」
重い瞼を持ち上げると臨也が笑っていた。首に回る細い腕。
知っていた、と心地のいい声で臨也は俺に囁いた。
「君が俺をどんな目で見ていたか。それに今の俺を君がどんな風に見ているか。ねえ、悔しいだろ、堪えきれないだろ。君の大好きな、愛してやまない俺が他人に無茶苦茶にされるのは。」
骨ばった手が俺の髪を掻きあげた。脳内までかき乱されているようだと思った。俺はもう何も言うことは出来なかった。言うべき言葉は全て臨也が持っていたから。
臨也は俺の手を掴み、掌に口付けた。
「犯してよ。」
愛して、と言っているように聞こえた。それは懇願だったのかもしれない。もはや俺に考えるすべは無かった。
俺の指に絡められた細い指と俺に触れる臨也の全てを手に入れたいと思った。
俺はこいつのことが好きだったのだ。
***
「シズちゃん、」
呼ぶ声にはっとして俺は息を吐く。
何度も吐き出した自分の体液が臨也の腹を汚している。
「シズちゃん、」
臨也の手が俺に伸ばされる。すがるように細い指が俺の手を取った。
俺はこいつのことが好きで、誰かに渡したくないと、傷つけたくないと思った。
臨也が俺の手に口付ける。
その時になってやっと俺は臨也が震えていることに気付いたのだった。
「シズちゃん、」
俺は顔を上げる。臨也はひたすら口を動かして俺の名前を呼んでいる。黒髪は白濁に濡れ、声は嗄れかけていた。
「痛い」「怖い」「助けて」
俺の名前を呼ぶ間にそんな声が聞こえた気がした。
俺はこいつのことが好きで、大切にしたいと思っていたはずなのに。
「好きだよ、シズちゃん。」
耳を塞いでいたのは俺だった。