ベイビープリーズイートアップル





「福ちゃんってさ、そういうの気にしねえよな」

 

 どこか楽しげな声だった。

 

 脱いだシャツを床に落としながら福富が振り返ると、ベッドに転がって半身を起こした荒北がにやにや笑ってこちらを見ていた。

 何の話か読みとれなくて福富が首を傾げると、彼はさらに楽しそうに口元を吊り上げる。福富はしばらく荒北の次の言葉を待っていたが、なかなか彼が続きを言おうとしないのにじれて思わず「何の話だ」と彼に尋ねた。荒北はそれを聞いて喉を鳴らして笑ってから、すっと福富の方を指さす。

「それ」

「それ?」

「パンツだヨ、パンツ。福ちゃんすげえの履いてんなって思って」

 声を立てて笑う。それに釣られて福富自身も笑いそうになったのは彼も自分の今日の下着の柄がちょっと普通でないことに気付いていたからだ。

「福ちゃんそれ自分で買ったわけじゃねえよナァ」

「当たり前だろう。少なくとも、俺の趣味じゃない」

 兄が冗談で買ってきたんだ。福富がそう付け足すと、すっげえ趣味、と荒北はけたけた笑う。

「でもそれにしたってそのパンツ履く福ちゃんも福ちゃんだろ」

「別にパンツはパンツだから構わないだろう」

「股間に林檎描いてあっても?」

「ちゃんと履ければ問題はない」

「ちゃんと履いてるあたり福ちゃんらしいなァ」

 

 兄が買ってきたのだというそのパンツの色はモスグリーンとグレーのツートーンである。元々少し浅いタイプのボクサーパンツだからというせいか、もしくはフリーサイズと書いてあるものの福富には少し小さいせいか、どちらの理由が大きいのかはわからないが妙にぴったりと彼の身体にフィットしている。それだけ聞けばまだ普通のパンツだと思えるかもしれない。しかしそのパンツを見て荒北が笑ってしまうのは、その股間にでかでかと林檎の絵が描かれているからなのだった。

 福富が背筋をしゃんと伸ばして立っていても、どれだけ精悍な顔つきをしていても、その身体の中心には赤くて丸い林檎があるのだ。サイズがぴったり合っているせいで妙に目立つその林檎はどうしたって目に入ってくる。いつもの鉄仮面とそれの対比がなんだか間抜けに思えて、まさに今から事を始めようと言うこの状況であっても荒北は笑わずにはいられないのだった。

 

 ひとしきり笑った荒北が立ち上がって福富の方へ歩み寄ると、福富はすぐに彼のジャージに手を掛ける。慣れた動作で上着を脱がした彼はちょっと雑な動作でそれを投げると、次に荒北が中に着ているタンクトップの裾を掴む。

じゃれるように荒北は福富に抱きついて、顎を福富の肩に載せて軽く首筋を噛んだ。そこで「あ」と荒北が声を上げてまた笑い始める。福富が一旦タンクトップを捲り上げていた手を止めて何だと尋ねれば、荒北は笑いながら片手で福富の背中を叩いた。

「ケツにも何か書いてあんじゃん、このパンツ!」

「何て書いてある」

「『ベイビープリーズイートアップル』って」

「『ベイビープリーズイートアップル』」

「真面目な顔して繰り返すなよ」

ああもう勘弁してくれよ、と荒北は堪えきれずに福富の首筋に鼻先を埋めながら声を立てている。福富がくすぐったくて少し身を捩ったのと荒北が体重を掛けたタイミングが被ってぐらりと福富の身体が揺らいだ。二人分の体重を受けた寮の安っぽいベッドが盛大に軋んで音を立てる。

 

尻まではマットの上に、そこから下は浮いているような微妙な格好を福富はしている。荒北はその上に寝そべるような状態でしばらくいたが、不意に身体を起こして福富の腹の上に座るとそこでタンクトップを脱ぎ捨てた。荒北が自分の腹を挟んで膝立ちでジャージのズボンに手を掛ける様子を福富は転がされたまま下から眺めている。どこでスイッチが入ったんだか全然わからないが、荒北が乗り気になったことがわかる。目はひどくぎらぎらとしていて、舌なめずりすらしそうな雰囲気だった。一方で自分も荒北に煽られていることは明らかで、福富は身体を起こしながら湧いてきた唾をごくりと飲み込む。

わずかに上体を持ち上げた福富の首もとに手を掛けて、荒北が人の悪いような顔をして笑った。

「福ちゃんって、趣味悪いよなァ」

荒北が身体をずらす。太股の裏で林檎の下の凹凸を撫でる彼が一番趣味が悪いと福富は思うのだった。