※合同誌「おおかみきょうだい」寄稿

荒北さん+黒田くんの文化祭の話









 九月の半ばに入っても暑さは引くことはなく、特に今日のようなからりと晴れた日にはまだ夏の気配さえする。強い日差しは一月前の肌を焼くようなものとは確かに違うけれどそれでも汗だくになるには十分な陽気だ。

「あっちい」

地べたに座り込んだまま、黒田は誰にともなくそう呟いた。今日何度目の台詞だろうか。座っているだけで汗が噴き出してくる。先ほど一本ペットボトルを空にしたのにその水分がもう身体からすっかり出てしまったような気さえするのだ。汗だくになったタンクトップが背中に貼り付いて気持ち悪い。頭に巻いたタオルもハーフパンツも下着も靴下も、頭の先からつま先まで全部汗で湿っていた。天気予報では今年は例年より早く寒くなると言っていたはずだが、それにしては今日は暑すぎる。普通に座っているだけでこうなるのに。黒田は一つだけ長い溜息を吐いた。

(何が楽な仕事だ)
ちくしょう、と心の中で悪態をつきながら彼は俯いて自分の足下に転がっているピンク色の塊を睨み付ける。
そこに転がっているのはウサギの頭だ。
胡散臭いほど明るい笑顔をしたそいつは先ほどまで黒田が被っていたものである。
「文化祭だから」という理由で生徒会室の奥にある用具置き場(一説にはほとんど粗大ゴミばかりが放り込まれているらしい)から無理矢理に引っ張り出されてきたその着ぐるみはなんとなく煤けたような色をしていて、クリーニングに出したり日に当てたりしてみたもののどこかくたびれたような雰囲気がまだ漂っている。年を経て劣化したせいか元からなのかは知らないが顔が少し歪んでいて、少し目つきが悪い。着ぐるみと言えば底抜けに明るい笑顔をしているイメージがあるが、このウサギは疲れきっていてなんとなく陰を感じる。また中途半端な耳の長さのせいで、見ようによってはちょっと耳の長いネズミと言われてもしょうがないだろう。
妙に重たいそれを黒田がちょっと足で蹴飛ばすとそいつは不格好にその場で回った。昔はもっと綺麗なピンク色をしていただろうということはわかるが、今や薄汚れてほとんど赤みがかったベージュに近い色をしているそれを彼は恨みがましい目で睨む。「当日、ちょっとだけ働くだけだから」とクラスの女子に言いくるめられた結果一番のはずれくじを引いたのだと彼は今頃になって後悔していたのだった。
黒田は自分の隣に目をやる。そこにも薄汚れたピンクが見えた。ついさっきまで彼の着ていたウサギの身体部分が力無く横たわっている。疲れたような笑顔のウサギの頭部と、汗でくったりとした身体。そして誰もいない体育館裏の砂利の上という場所もあってひどく寂れたような光景に見える。
この仕事のどこが楽なんだ。そう黒田は思って少し腹立たしい気持ちになる。暑さと、それから妙に重たくて動きづらい着ぐるみのせいで体力的にも負荷がかかるし、それに精神的にも辛い。今更誰かに代われと言ったところで今の、汗だくでぐったりした黒田の状態を見れば誰も近付いてすら来ないだろう。

頭に巻いたタオルを外してみると、水でも被ったのかとでも言いたくなるほど髪が濡れている。うんざりした様子で彼は頭を掻いて、また溜息を吐いた。せっかくの文化祭なのに今日は一日この格好だと考えるとまだ午後にもなっていないのにばっくれたくなってくる。自業自得、と言われればそれまでなのかもしれないが納得はできない。このままウサギだけを残して俺が消えたらどうなるだろうかなんてことを考えてみたが、クラスメイトたちはそれぞれに自分たちの役目で手一杯になっていて誰も気付きもしなさそうだと思って、また虚しくなった。

「ユキちゃん十五分過ぎたよ」